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最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)224号 判決

兵庫県西宮市甲風園一丁目九番八-二〇五号

上告人

有馬靖子

右訴訟代理人弁護士

佐々木信行

保津寛

露口佳彦

小野博郷

兵庫県西宮市江上町三番三五号

被上告人

西宮税務署長 小笠悌董

右指定代理人

下田隆夫

右当事者間の大阪高等裁判所昭和六〇年(行)コ第四〇号所得税決定処分等取消請求事件について、同裁判所が平成三年八月八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐々木信行、同保津寛、同露口佳彦、同小野博郷の上告理由について所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを非難するか又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大白勝 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 三好達)

(平成三年(行)ツ第二二四号 上告人 有馬靖子)

上告代理人佐々木信行、同保津寛、同露口佳彦、同小野博郷の上告理由

第一 (本件株式譲渡の目的)

一 原審は、上告人を含む北尾清及び北尾ひろの相続人二一名(以下相続人らという)が相続人らが共有する北尾商事株式会社(以下北尾商事という)の株式を三井不動産株式会社(以下三井不動産という)に譲渡するに至る経緯及びその意思表示につき、以下の事実を確定した。

1 「これら相続人は、相続税三億円余の納付資金がなかったので、取りあえず北尾商事所有の本件土地を担保に相続税等の延納許可を得た上、資金の捻出策を検討することにした。そして、北尾商事の資産の大部分を占める本件土地を売却するとなると、北尾商事に法人税が課せられるだけでなく、残余財産の分配を受ける右相続人らには配当所得による所得税が課せられて相続税すら支払えなくなるので得策でないが、相続によって取得した本件株式二万株全部を所得税法施行令二八条一項の要件に該当しないよう数年間にわたって分割譲渡することにすれば、その譲渡所得に課税されることなく、本件土地売却と同一結果を得ながら相続税の納付資金を捻出することができることに着眼し」た(原審が引用する第一審判決一四枚目表六行以下)。

2 そして、相続人らは「右方法による本件株式の売却に関する一切の権限を木村に一任することにした」。「右方法による」というのは前述のとおり、数年にわたる分割譲渡の方法によるということであり、一括譲渡の方法によるということでないことは明らかである。

3 昭和四七年一二月三〇日、相続人らと三井不動産との間で、本件株式の売買に関し、株式売買契約書(乙第二号証)及び共同建築推進に関する覚書(乙第四号証)が作成され、右各書面によると、

〈1〉 相続人らは本件株式を三井不動産に売渡すこととし、その株券のうち一万一〇〇〇株を昭和四八年一二月一〇日に、四五〇〇株を同四九年一二月一五日に、四五〇〇株を同五〇年一二月二〇日に交付する、

〈2〉 代金は、株券交付と引換えに支払うものとし、その都度別途契約書を作成する、

〈3〉 北尾商事は、増資完了後相続人らに対し、六億円を限度に貸付け、この場合相続人らは本件株式を北尾商事と三井不動産が協議して定める信用ある第三者に預託する、

との約定がなされた。

二 以上原審の確定した事実によると、本件当事者は、節税のために本件株式を分割譲渡することを企図したことが明らかである。そして、本件株式譲渡契約が分割譲渡か一括譲渡かの認定にあたっては「当該の法律行為によって当事者の達しようとした経済的または社会的目的を捉え、法律行為の全内容をこの目的に適合するように解釈すること」を第一の標準(我妻栄新訂民法総則〔二八七〕)としてなされるべきことである。しかるに、原審は、この解釈の標準から離れ、節税行為に対する否定的価値観の下に、契約当事者の企図した目的から遊離した解釈に終始している。

《上告理由第一点》

原審は、一方、木村が委任されたのは分割譲渡の方法による株式売却であるとの事実を確定しながら、他方「相続人らから本件株式の売却に関する一切の権限を一任された代理人木村は、本件株式が昭和四八年六月五日三井不動産に全部一括して譲渡されたのに、それが非課税扱いとなる三年間の分割譲渡であるかのように仮装し」たと判断したのである(原判決二九ページ一一行)。

木村が委任されたのは「本件株式の売却に関する一切の権限」でないことは原審自らが認定した事実である。にもかかわらず、代理人木村が相続人らから一括譲渡の権限まで委任されたと認定し、その権限にもとづいて仮装行為をしたとする原審の判断は明らかにその理由に齟齬がある。

第二 (本件株式譲渡に関する個々の行為について)

一 原審も認定するとおり、相続人らは、第一の一の1記載の目的のもとに本件株式を分割譲渡するとの方針を決定したのである。そして、その相続人らの方針を熟知した三井不動産は、相続人らの希望を実現しつつ自らも安全確実に本件株式を取得する方法を案出し、ここに本件株式の分割譲渡契約が成立したのである。

このように、本件売買当事者が本件のような方法を用いて本件株式売買取引を行ったことの重要な目的は、節税ということである。節税にならないのであれば本件株式売買はなされなかったことは疑いがない。その意味で節税ということは本件においては意思表示の重要な要素となっている。当事者としては、節税のためには本件株式売買は絶対に分割譲渡でなければならないし、一括譲渡ということは毛頭考えていないのである。

相続人らは、本件株式の分割譲渡につきすべての権限を木村に委任し、二一名全員が乙第一号証に署名捺印して互いにその意思を確認し合っているのである。したがって、木村は乙第一号証の委任契約書記載の委任者の目的を実現するために、与えられた権限に基づいて忠実にその後の事務を処理したものと解釈するのがごく自然であり、特段の事情のない限りこれに反する事務処理をしたとするのは不可能である。原審の判断によると、木村は乙第一号証記載の権限を逸脱して、相続人らの企図した目的に反する事務処理をしたことになる。しかし、原審の確定した事実によっても、木村が右のような越権行為をするような動機もその他の特別の事情もなんら窺えない。

したがって、木村の高橋に対する株券の交付やその後の保管方法は、特段の事情がない限り、右当事者の意思に沿うものと見るべきものである。

原審は、徴税の便宜や、租税負担の公平の観念に拘泥し過ぎたために、当事者の企図した経済的社会的目的に重きを置かず、右株券の交付や保管方法の外形的事実のみをとらえて、契約当事者間に行われた行為はすべて脱税目的のための手段と解釈し、これを仮装行為と判断したのである。このように当事者の真の目的に目を背けた解釈は、私的自治の領域である私人の意思解釈とは到底いえない。

二 (本件株券の交付及び保管について)

原審は、木村から高橋に対する株券の交付によって、三井不動産は本件株券全部につき自主占有を取得したものと判断した。

しかし、以下述べるとおり、原審の確定した事実によっても、三井不動産が所有の意思をもって本件株券全部の占有を開始したとの解釈は成立しえない。

1 三井不動産に自主占有があるとするためには、三井不動産が本件株式を他に譲渡質入等の処分を自由になしうる地位を取得したということでなければならないところ、本件株券はその後三井不動産側と相続人ら代理人木村との共同保管となり、三井不動産がこれを自由に処分しえない状態になっている。

原審は、この共同保管自体が仮装の手段の一つと見るもののようであるが、これは本件株式譲渡が当初から脱税目的であるとの意識を基礎とする解釈である。当事者は分割譲渡であるからこそ、共同保管の方法を選んだのである。

2 本件株式売買契約は私人間の契約であるから、三井不動産が本件株券の自主占有を取得したか否かの判定は、その私人間に本件株券の帰属に関する紛争が生じた場合にも妥当するものでなければならないはずである。原審の立場では、この場合でも三井不動産に自主占有ありとの判定にならざるをえないこととなる。しかし、その判定はあまりにも本件当事者の企図した目的に反する結果となることは明らかである。

また、仮に本件株券が三井銀行中之島支店の貸金庫に保管されて以後、買主が倒産し、破産あるいは会社更生等の手続が進行した場合を想定すると、原審の立場では、本件株券は全部財団に帰属し、相続人らは単に破産債権者あるいは更生債権者として右手続に参加しうるのみということになり、しかも、代金の弁済期が原審のいう株券交付のときとする根拠は何もないのであるから、破産宣告の日以後約定弁済期までの中間利息分は劣後債権となるとの結論にならざるをえない。そして、木村が自己の契約する大和銀行の貸金庫に保管した本件株券の占有は、木村の三井不動産の代理人としての他主占有であって、管財人は木村に対して、本件株券の所有権にもとづく引渡請求権を有するとの結論にならざるをえない。このような解釈は明らかに本件相続人らの企図した目的と遊離したものであることは明らかである。

3 本件株式売買契約においては、株券の引渡と代金の支払とが引換給付になっている(乙第二号証の売買契約書第三条)。原審の判断によるとこれとても仮装行為の一環とするもののようであるが、およそ不動産や株式その他の重要資産の売買取引にあたって、特段の事情がない限り、資産の引渡を先給付とする例は寡聞にして知らない。特に本件においては売主側は二一名という多数当事者であって、その意見もまちまちであり、その全員が株券引渡先給付という異例の契約を締結することに意見の一致を見るということはありえない。

およそ、仮装の契約というのは、当事者の合意した契約の法律効果と異なる法律効果を有する外見を作出することである。本件において、相続人らは、まず分割譲渡に関する基本契約を結び、その約定に従って具体的に個々の譲渡契約を成立させ、株券の分割引渡の都度これに見合う代金の支払を受けることとしたのであって、これと異なる法律効果(代金の一括受領)を企図したのではない。すなわち外見の契約と真実の契約とはその法律効果が完全に一致しているのである。本件において、相続人らが、分割譲渡の外見を作出しながら実際には代金全額の支払を最初に一時に受けたという事実があれば格別、現実に約定どおり代金は分割受領しているのであるから、一括譲渡を分割譲渡に仮装したということにはならない。

原審は「株券引き渡しの履行確保という点では税金対策上分割譲渡の形式をとる一方で、早期に一括して株式の譲渡及び株券の交付がなされるということも十分考えられる」と説示する。税金対策上(節税のために)分割譲渡の方法をとったことは原審もすでに認定するところであり、上告人も争わないところであるが「一方で、早期に一括して株式の譲渡及び株券の交付がなされることも十分考えられる」との説示は到底承服できない。分割譲渡の方法を選んだのであるから、その方針に沿った株券の交付や保管がなされたとみるのが極めて自然な解釈である。節税に対する否定的価値観からすればこれが不自然と映るのかもしれないが、これを不自然と見るのは租税回避行為否認理論の理念に適うことはあっても、私的自治の領域である当事者の意思解釈の基本理念に適うものではない。株券の保管が共同保管であり、しかも、相続人らは代金を将来具体的売買契約成立の都度株券の引渡と引換に受領する約定になっており、現にそのとおりのことが実行されているのであるから、代金の支払もないのに早期に一括して株式の譲渡と株券の交付がなされたとする解釈はあまりにも不自然である。

4 本件株券全部が三井銀行中之島支店の貸金庫に保管され、右貸金庫の開閉は木村と三井不動産大阪支店長の両者が届出印を押捺した開閉票を提示して行うものとされていたことは原審も認定するところである。

それにもかかわらず、原審はこの保管方法も仮装行為の一環であるとし「木村とすれば昭和四八年六月五日本件株式の株券二万株を三井不動産に一括して引き渡して後は、その売買代金を受領するまでの間、全株券はすでに三井不動産が取得しながら売買代金(総額一九億七七一〇万円)は受領していないという状態で東税務署職員が貸金庫を調査した昭和四九年一〇月二三日時点においても、売買代金のうち八億九九一〇万円を三井不動産から受け取らなければならない状況にあって到底三井不動産の指示提案に背くことはできない立場に置かれていたのであるから、木村の押印は株券が右両名の共同管理下にあることの形式を整えるためのものに過ぎないと考えられ、現に貸金庫には本来木村には秘密とすべき三井不動産内部の交渉メモ等も収納されていたことからしても、貸金庫が共同管理であったとは認めがたい」と説示する(この説示は第一審判決の木村が三井不動産の指示提案に従うほかない立場に置かれていたとの説示が根拠のないものであるとの上告人の指摘を意識して挿入されたものである)。この説示は到底承服し難い。

〈1〉 木村が売買代金を受け取らなければならない相手方である三井不動産の指示提案に背くことができない立場にあったという説示は全くその意味が不明である。相続人らは、代金の受領に不安のない買主として信用のおける三井不動産を選んだのである。三井不動産の指示提案に背いた場合、将来売買本契約が成立した場合に、売買代金の受領に不安があるということは木村としては全く思ってもいないことである。原審は全くの独断でその不安があると判断したのである。

〈2〉 貸金庫内に収納されていた三井不動産内部の交渉メモ等が本来木村に秘密とすべきものであったということも、原審の独断である。木村との交渉メモを交渉の相手方に秘密にしなければならない理由は全くないはずであるし、三井不動産が木村に秘密にするべき書類が貸金庫に保管されたとする事実そのものを証するに足る証拠は全くない。

木村と三井不動産との間に「ハードネゴシエーション」があったわけではなく(証人平真弥の昭和五七年一〇月五日付証言速記録一〇丁裏)、三井不動産としては相続人らの節税目的を十分理解し、むしろその目的に適合するような節税案を提示したりしているし、代金の決定についても、当初から双方の提示額にたいして開きもなく、極めてスムースに合意に達しており、その交渉の経過において双方秘密にするべき事情があったことを証する証拠はない。

また、本件貸金庫には、木村が所持する本件契約に関する書類も保管されていたのであって、このように、双方は相当緊密な信頼関係にあったのであり、本件契約について相互に秘密にするべき書類があったとは到底考えられない。

また、そもそも、三井不動産内部の交渉メモが本件貸金庫内に保管されていたことを証する証拠は本件全記録中にも存在せず、かえって次に述べるとおり、右メモ類は三井不動産大阪支店の地下倉庫に保管されていたことを証する証拠が存するのである。

本件株式譲渡の件について調査を担当した東税務署員常岡忠之の第一審証言調書によると、同証人は、前記メモ類は、三井不動産から収集したこと(同証人の昭和五七年一一月三〇日付証言速記録二六丁表裏、二七丁裏)、さらに、右メモ類は、三井不動産大阪支店の地下倉庫にまとめて保管されていたのであって、同人は、同社の職員の案内で右保管場所に行きその場で預かって持って帰ったこと(同証人の昭和五八年二月一八日付証言速記録二四丁表六行以下)が認められるのである。

〈3〉 原審のいう三井不動産の「指示提案」とは何かが全く不明である。

木村が三井不動産の指示提案に背くことができないことを一括譲渡認定の根拠にするのであるから、「指示提案」というのは三井不動産が本件株券を貸金庫から自由に取り出して処分することをいうものと思われるが、三井不動産にそのような権限のないことは乙第二号証の売買契約書及び乙第四号証の共同建築推進に関する覚書記載の約定の趣旨から絶対にありえないことである。

もし木村が、原審のいう三井不動産の「指示提案」に従って本件株券処分に加担したときは、木村の行為は、同人の相続人らや北尾商事に対する横領または背任になるのであり、相続人らがこれを容認するような事情は本件全資料からも窺えない。

むしろ、木村は、相続人二一名から委任を受け、相続人の中には遠隔地に居住する者もあり、その意思確認等にかなりの苦心を払い、また、相続人らは被相続人の先妻グループと後妻グループとに分かれるという複雑な関係もあり、さまざまに意見の相違のあるところ(現に別件訴訟も起こっている。甲第七号証)その意見の統一をするのに相当の苦心を払ったという経緯もあり、これら二一名の相続人らからの信頼を維持することに腐心している状態にあったのであって、相手方当事者である三井不動産とは常に一線を画し、かりそめにも同社と結託して相続人らに不利な行為をしたと疑われることのないよう十分注意を払っていたのであるから、三井不動産の「指示提案」に背くことができなかったということはありえない。

原審も認定するとおり、本件株券を保管した貸金庫の開閉は、木村と三井不動産大阪支店長の届出印を押捺した開閉票の提示がなければ開閉できないこととなっていた。木村の届出印(木村の実印)は木村自身が保管していたのであるから、木村の同意がなければ、三井不動産側が自由に開閉できないことは動かし難い事実である。この動かし難い厳然たる事実があるのに、何故に三井不動産の単独保管との解釈が成立するのか。この点についての原審の説示は到底納得できない。

5 原審は、木村と三井不動産大阪支店長高橋良明らとの間に「貸金庫は三井不動産のみで開閉できるものとすること等の合意に達した」との事実を認定したが、この事実は本件全証拠によっても認められない。

乙第一五号証二枚目には「当方のみで開扉できることとする」との記載があるが、この文書は三井不動産側の担当者が作成したメモに過ぎないものであり、木村がこの文書の内容を確認したと認めうる証拠もなく、かえって、その後の現実の保管方法では三井不動産のみでは貸金庫の開閉ができる状況ではなかったことからみても右のような合意があったとは到底考えられない。仮に三井不動産から右のような提案があったとしても、実際にはそのとおりにはなっていないのであるから、右文書は三井不動産の一方的な希望を記載したに過ぎないのであって、木村がこれに同意したことの証拠とはなりえない。

右貸金庫の開閉は、実際には四回なされている(乙第二二号証の七ないし九、証人木村正治の昭和五七年五月一八日付証言調書一四丁表七行以下)のであるが右四回の開閉はいずれも、木村が三井不動産と連絡を取り合って、自己の所持する届出印を用いて開閉票に押印したうえでなされているのである。このように、貸金庫の開閉は三井不動産のみではできず、必ず木村の協力を得なければならない状況にあったのであって、原審は何を根拠に前記のような認定をしたのか不可解である。

6 原審は「税務調査後木村が残余の株券を自ら保管するに至ったのは、従前の三井不動産との共同保管の形式では分割譲渡の形式を確保しえないと判断した木村の申出を三井不動産としても受け入れざるをえなかったためである」と説示する。

しかし、三井不動産のような大企業が、もし残余の株券(九〇〇〇株分)が自社に帰属しているとの意識があれば、これを相手方に保管させるということはありえないことである。「木村の申出を三井不動産としても受け入れざるをえなかった」のは、右九〇〇〇株分の株券の所有権が自社に移転していなかったからと考えるのがむしろ自然な解釈である。

三井不動産は、このとき既に北尾商事の株式の八二パーセント(四万一〇〇〇株)を取得し、同社の支配権をほぼ完全に掌握しているのであって、右九〇〇〇株分の株券が木村の単独保管となり、そのため残余の株式の取得に支障が生じたとしても、ビル建設遂行については何らの支障もないという極めて有利な立場にあるから、株券の共同保管による自社の危険防止の必要も感じていなかったため、木村の申出をほとんど抵抗なくむしろ当然のこととして受け入れたと解するのが自然である。

第三 (本件契約が不自然でないことについて)

原審は「清算中の北尾商事の会社継続と増資という不自然な方法もあえて辞さず」と説示し、このことを本件株券の譲渡に関する当事者の行為が仮装行為であるとの判断の根拠とするもののようである。

右行為が不自然であるとする原審は、経済界の実情を知らないとのそしりを免れない。

原審は租税負担公平の観念にとらわれすぎたため、節税行為は異常であり不自然であるとの意識の下に本件に現れている個々の当事者の行為を解釈したものとしか思えない。

ある会社が他の会社(休眠中であっても)の商号・商標・含み資産等の企業利益に着目し、これを手中に収めようとする場合、まず増資によってその会社の多数株主となって、その支配権を収めることを考えることは経済界では日常茶飯事であり、別段異とするにはあたらない。このような事例は枚挙にいとまがないのである。

原審のいう不自然な方法というのは、もし所得税法施行令二八条一項の規定がなかったならば、本件当事者は分割譲渡の方法を選ばなかったであろうという意味でのそれであるが、逆に考えると、右規定があるからこそ右規定を熟知しているものであれば通常考えるであろうという意味では自然な方法である。つまり、節税に対する否定的価値観を持っている者から見れば不自然と見られる行為も、納税者の大部分は節税を希望していることを是認し、節税が適法であるとする者から見れば自然な行為である。

本件においては、原審も認定するとおり「北尾商事の資産の大部分を占める本件土地を売却するとなると、北尾商事に法人税が課せられるだけでなく、残余の財産の分配を受ける右相続人らには配当所得による所得税が課せられて相続税すら支払えなくなるので得策でない」という事情が加わっており、相続人らが前記法条によって非課税とされる方法を選択したことについては、やむをえない事情があったことをも重視して自然か不自然かを判断するべきである。

第四 (本件契約を秘密にしたことについて)

原審は「相続人ら及び三井不動産が本件株式の売買に関する契約書等の存在及び内容を秘密にすべく努力してきた」として、このことがいかにも不自然であるかのような口吻を示している。

また、原審は「分割して全株式を譲渡する等の合意は税金対策上機密とされたものであり、当時三井不動産側でも、税務当局にこの機密が察知された場合の処置、同社の信用保持をいかにするかの対策を十分検討し、脱税幇助に問われるおそれがあることを懸念していた」とも説示する。

しかし、本件のように多額の金銭の授受を内容とする契約に際しては、その内容を第三者に知られないようにすることはむしろ常識であり、不自然なことではない。殊に、本件土地は、大阪市内でも一等地であって面積も適当であり多数の不動産業者の注目の的になっていたという事情がある。もし、本件株式売買の詳細が外部に洩れた場合、他にも買受希望者が続々と現れて、ただでさえ複雑な親族間の事情のある二一名の相続人の間に動揺が生じてその足並みが乱れる恐れも十分あり、これを危惧するのは当然のことである。

相続人らとしては、本件株式売買については、税法の専門家とも十分相談し研究した上で節税になるという確信の下になされたのであるから、課税庁に対して積極的に申告することは考えていなかったのであるが、だからと言って特にこれを秘密にする意思はなかったのである。

現に、相続人らを株主とする北尾商事の法人税申告に際して、その申告書に、増資の事実や同族会社が非同族会社に変更した旨の記載がなされているのである(常岡忠之の昭和五七年一一月三〇日付証言速記録五丁表五行目以下)。

そもそも、本件契約は多額の金銭の授受を伴う取引であり、しかも、その代金の出捐者は一流上場企業であって、また、大阪市内の一等地に大規模ビル建築がなされるという隠しようもない事実を伴うのであるから、これらの事実を課税庁に秘密にするということは不可能なことであり、従って、本件契約の当事者が右のような秘密にする意図を持つということ自体も有り得ないことである。

現に、本件の発端は、東税務署員が北尾商事の法人税申告書に着目して調査を開始したことであり、仮に、これが発端でなかったとしても、三井不動産に対して税務調査があった場合、二四億円もの多額の増資払込金は税務当局とすれば、当然着目することであるから、その使途の調査でも十分発端となりえたのである。

また、東税務署員の調査に対して、三井不動産も木村も、本件株式売買に関する資料をあますところなく求められるまま任意に提出し、特に三井不動産は地下倉庫に税務署員を案内して交渉メモ等を提出しているのである(証人常岡忠之の昭和五八年二月一八日付証言速記録二四丁表六行以下)。

なお、乙第一三号証によると、三井不動産が脱税幇助を懸念したのは、本件株式売買の折衝が始まった昭和四六年八月ころのことであり、その後一年以上、木村と折衝を続けながら税法を検討した結果脱税にはならないとの確信をもったからこそ契約締結に踏み切ったのである。脱税になるのであれば木村の申出を拒否する態度であったことも右書類中の「現在の状態で余り深入りしない様に」との記載から窺われるのである。あたかも三井不動産が、脱税幇助を懸念しつつ契約締結に臨んだかのような原審の説示は到底承服できない。

納税者は、たとえ節税をしていても課税庁に対して所得を知られたくないという意識を持つことは常識であるから、税務当局に秘密にしたからすなわち仮装であるということにはならない。納税者が何らかの積極的な不正手段を用いた場合に初めて仮装といえるのである。本件全証拠によっても、両当事者が不正手段を用いて税務当局に契約書等関係書類を秘密にした事実は窺えない。本件契約当事者が契約関係書類を税務当局に秘密にしたことをもって仮装行為認定の資料とする旨の説示は到底納得できない。

第五 (本件株式の代金決定方法について)

原審は「本件株式の売買価額は昭和四八年三月三一日現在における北尾商事の純資産を評価して一括決定されたが、……その売買代金単価は税金対策上、分割売買の都度決定したような形式をとったものであること」を仮装行為認定の理由の一つとした。

しかし、当時不動産の価格の上昇は鎮静化が始まった時期であり、下落の方向に向かうという観測もあったのである。そのため、相続人としても、売買価格が予定されているほうが安心であるという意識も働いていたという事情がある。他方三井不動産としても、分割譲渡契約の都度不動産の時価を斟酌して本件株式の売買価格を決定するとなると、果してその都度二一名の相続人全員の意見の一致が得られるかどうかにつき不安がある。このような事情のもとに、予め売買価格を決定しておくことは、双方の利害の一致するところであったのである。

本件株式売買予定価格を決定した昭和四八年五月ころ、土地の価格の上昇が鎮静化していたことについては次の理由がある。

当時、政府は、すでに国土利用計画法(昭和四九年六月二五日公布)の法案の策定中であり、また法人の土地譲渡益に対する重課税制度の新設(租税特別措置法六三条、昭和四八年四月)、特別土地保有税の新設(地方税法五八五条、昭和四八年四月)がなされた時期でもある。また昭和四八年一月以来政府は次々と金融引締政策を打ち出し、土地関連向けの融資の規制が実施され、公定歩合は、四月、五月、七月、八月と短期間に四回にわたり二・七五パーセント引き上げられたのである。土地の買いあさり現象に歯止めがかかり、法人企業は保有資産としての土地を、地価安定のための各種法規の新設および改正の前に早期に売却することを考慮していたのであり、そのため特に商業地については、価格上昇が鎮静化していたのである。その後、右政府の施策はその他の要因も絡まって一応成果をあげ、昭和五〇年ころ(本件第三回目の売買のころ)には土地価格はむしろ下落しているのである。

政治情勢や経済情勢に敏感に反応する株価をみると、不動産会社の株価は、昭和四七年一二月をピークとして昭和四九年一〇月までの間軒並み低落している(ダウ平均株価は横ばい状態であった。なお、以上の事実については、甲第三六ないし四〇号証)。

被上告人は、譲渡時の土地の価格をその都度見直して株価を決定するのが自然であると主張するが、そのことは対等の力関係にある当事者間では妥当するかもしれない。しかし、本件株式が流通性の高い上場株式と異なることを忘れてはならない。相続人らとすれば、少数株主となった後は、事実上その持株を三井不動産に売却するしかないのである。これを他に売却することは、法律上は可能であっても実際上は困難である。したがって、将来の不確定な利益(本件土地の上にビル建築がなされテナントを入室させると、その評価に際していわゆる建付地減価や借地権価格控除あるいは借家権価格控除がなされ土地値上がりほどには評価額が上がらない)を期待するよりも、将来確実に予定価格で売却できるという利益を得たいと考えることのほうがむしろ自然である。相続人らが買主として信頼のおける三井不動産を選んだのもそういう考慮が働いたからである。また、売買予定価格を決めることは、双方当事者にとって将来の紛争を防止するというメリットがある。

なお、当初三井不動産と相続人らとの間に取り決められた売買価格は、あくまでも予定価格である。現に、その後事情の変更により第三回の売買価格は、当初の予定価格よりも減額となっている。これは単なる値引に過ぎないとして片付けられる問題ではない。当初から売買価格が確定しているのであれば、二一名の相続人全員が簡単に値引要求に応ずるとは到底考えられないからである。

《上告理由第二点》

相続人らは、当初から本件株券の分割譲渡を希望し、買主の三井不動産もその意を受けてこれに沿う提案をなし、当事者間に右趣旨に沿う分割譲渡を目的とする詳細な合意を記載した書面が作成された本件において、以後、相続人らの代理人木村と三井不動産との間でなされた個々の行為はすべて分割譲渡の実現に向けられたものであることは、自然な解釈である。この解釈こそ私的自治の大原則に適うものである。しかるに原審は、特段の事情も認められないのに、また証拠もないのに、右個々の行為すべては分割譲渡を仮装するものと漫然と判示し、本件株式譲渡契約は、昭和四八年六月五日、相続人らの代理人木村が三井不動産大阪支店総務課長高橋良明に株券を引き渡したときに全株式につき成立したと判断したのであるが、この判断は到底納得することができない。原判決には審理不尽、理由不備の違法がある。

第六 (高橋メモについて)

一 昭和四七年一二月三〇日に成立した売買基本契約にもとづく以後の履行方法について、三井不動産と相続人側とは、会合を重ね、双方意見を持ち寄って詳細な検討をしており、その経過について、高橋良明はメモを残している。このメモは高橋が備忘の目的で作成したものであって、外部の者(殊に税務当局)の目に触れることを全く予想していないものであり、その記載内容は作為の入り込む余地のない正確なものであって、売買契約の双方当事者の折衝の過程を如実に記述したものとして、本件株式売買が一括譲渡か分割譲渡かの判断にあたっての最重要証拠である(甲第二九ないし三五号証、四一号証)。原審はこれら高橋メモのうちの一部のみ(乙第一四ないし一六号証)を事実認定の資料とし、分割譲渡の事実を窺わせる記載のあるもの(甲第二九ないし三五号証)を資料としていないのである。

この高橋メモの全部を検討すると次のような事実が明らかとなる。

1 もし、原審がいうように、本件株式売買は真実は一括譲渡であるのに分割譲渡であるかのように仮装したものとすれば、高橋メモのどこかにその認識が現れているはずである。しかるに、同メモにはその認識を推認せしめる記載は全くない。そればかりか、かえって、次に示すとおり、分割譲渡の認識を如実に示す記載が随所にみられるのである。

2 売買当事者の意思が一括譲渡であれば、そもそも三井不動産側に引き渡すべき株券について新株券の発行ということを真剣に取り上げる必要はないはずである(甲第三三、三四号証)。現在の二名の共同代表者の表示を株券に記載するべきかとか、株式の譲渡制限規定(この規定は三井不動産にとって不可欠のものであるため、定款の変更により新たに設けたものである。乙第四号証三条、乙第三一号証の一)を株券に表示するべきかとか、新株券には印紙を貼るとか、その他新株券発行の費用がどれくらいかかるとかいうようなことを検討することは、それ自体労多くして無益なことであるはずである。

「いつまで制限がつくかわからない過渡的なものである」(甲第四一号証)とは、三年後三井不動産側が全株式を取得し、制限が撤廃されるかもしれない時までの過渡的なものという意味であることは明らかであり、高橋に本件株式売買が一括譲渡であるとの認識があれば過渡的という語句は用いるはずがない。

また、将来無償増資もありうるが、その際に株券の発行をどのような方法で行うかという検討も無益なはずである(甲第三三号証)。

一括譲渡であるとすると、旧株券をそのまま引渡せば足りるはずであり、新株券の発行とか無償増資の場合の新株券をどうするとかいうような問題は、三井不動産側が譲受けた後に三井不動産側のみで検討すれば足りるはずである。何故に株券引渡の前に、売主側の立場にある相続人ら代理人の木村や山野を交えて以上のような問題を検討する必要があるのか、それはすなわち、本件株式売買が分割譲渡であるからである。

3 高橋メモに記載のある「証券」の意味について、被上告人は原審において、これを我田引水的に本件株券と解釈している。乙第一五号証の一部の字句のみに拘泥した近視眼的発想である。

高橋メモのその他の部分及び同人が作成したその他の文書を検討すると、甲第二七号証(乙第一五号証)の〈10〉項にも「証券」の記載があり、五月二日付のメモ(甲第三一号証の二)にも「証券類の引受保管」の記載がみられ、さらに甲第一三号証にもこの記載がみられる。ここにいう「証券」とは、北尾商事の保有資産である有価証券であることは前後の記載から明らかである。そして、高橋メモその他交渉の経過を記載した書面すなわち甲第一三、二七、二九ないし三五、四一号証、乙第一二ないし一六、三四号証(乙第一四号証は甲第四一号証の抜粋でありその日付が改変されている)のどこにも、高橋は、北尾商事の自社株券について「証券」という用語を用いておらず、右書面に現れている「株券」とは増資新株券もしくは一族株券のことであり、高橋は、「証券」と「株券」を使い分けしていることが明らかである。

4 高橋メモには「保護預かり」という記載がみられる(甲第二七号証、乙第一五号証)。被上告人はこれを我田引水的に三井不動産が預かるという意味に解釈している。しかし、その意味は次のとおりである。

一般に、流通性、資産性が高い有価証券については、これを証券会社に預けることがしばしば行われている。この場合「保護預かり」という用語が用いられる。保護預かりの制度は、安全保管のため以外に、証券取引の迅速化、手続の簡略化(売手甲と買手乙との間に丙証券会社を通じてある銘柄の株式について売買が成立したときに、保護預証書の書換のみで甲の保護預株券を乙の保護預株券として、株券の現実の受渡を省略して占有の移転をなしうる)のためにしばしば利用されるのである。この用語は証券業界で通常行われているものであって、流通性の低い非上場会社や同族会社の自社株券について「保護預かり」という語句を用いることはない。三井不動産大阪支店総務課長として右の語句の意味を熟知している高橋は、要するに、北尾商事の保有する流通性、資産性の高い有価証券類を、通常利用している証券会社への保護預かりにはしないということをそのメモに記録したのである。一族株券を三井不動産が保管するというのであれば、「保護預かり」という語句を使うことは不自然である。

《上告理由第三点》

上告人は、本件株式譲渡が分割譲渡であることの最も有力な証拠である高橋メモを根拠として、本件株券引渡の前になされた両当事者間の折衝の過程で、一括譲渡を前提とした審議が全くなされておらず、かえって、分割譲渡を前提とした審議がなされている事実につき詳細に指摘し、本件株式売買契約の当事者には一括譲渡の認識があったとはいえないとの主張をしている。にもかかわらず、原審はこの重要な主張に対して、一顧をも与えず、これを排斥する理由につき何らの説示もしなかった。むしろ右高橋メモのうちの一部(乙第一四ないし一六号証)のみを仮装行為認定の資料として取り上げ、分割譲渡の認識を証するに足りる部分(甲第二九ないし三五号証)及びこれにもとづく証人高橋良明の証言をいとも簡単に措信しないとして採用しなかった。

このように原判決には、上告人が主張した重要事実につき審理を尽くさず、判断を遣脱した違法があり、また、原審が、右重要証拠につき何らの首肯するに足る理由を示すこともなく、これを漫然と採用できないとし、あるいは全く顧慮しなかったのは、審理不尽であり、理由不備の欠陥を蔵するものである。

第二 (重加算税について)

原審は、代理人の木村が仮装をした以上は、上告人がこれを認識していたと否とにかかわらず、木村の行為は上告人の行為と同視され、譲渡所得金額について確定申告をしなかった上告人に重加算税が課せられるというべきであると判示する。

右判示は、国税通則法六八条二項の解釈を誤ったものである。

国税通則法六八条二項は、重加算税の課税要件として、無申告加算税の課税要件に該当する場合において納税者がその国税の課税標準等又は税額等の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装することと規定する。

この条文の文理解釈として、納税者の仮装の認識の有無を問わないという理論は成立しえないことは明白である。原審は、納税者に仮装の認識がなくともその代理人が仮装行為をすれば納税者が仮装行為をしたのと同視することができると判断したのであるが、この判断は、実定法に根拠のない「認識なき仮装」というそれ自体矛盾を含む概念を用いて前記条項を解釈したものであることが明らかである。右の解釈は、行政的合目的性の要請を優越させ、租税法律主義や司法的保障原則を後退させた立法論の域を出ないものである。

重加算税は「申告納税の実を挙げるために、本来の租税に附加して租税の形式により賦課させられるものであって、これを課することが申告納税を怠ったものに対し制裁的意義を有することは否定し得ないところである」(最高裁判所昭和三三年四月三〇日判決、民集一二巻六号九三八ページ)。

そして「重加算税の課税要件は、逋脱罪の構成要件と実際上ほとんど差異がなく……重加算税は、強力な経済的苦痛をともなう懲罰としての実質を有するものであり、……刑罰と類似した実質をもつ制裁が、名称が税であり、刑罰でないということで、責任に関係のない額を科したり、要件や手続をルーズにするのは、人権保障上きわめて危険なことであり法定手続を保障した憲法三一条の趣旨にもそぐわない。……重加算税の課徴に際しては、できるだけ刑事制裁を科すばあいと同様厳格解釈の原則などの保障原則や責任主義的原則を重視しなければならない」(板倉宏、別冊ジュリスト一四〇ページ)のである。

そもそも、無申告の場合の重加算税は、その額が逋脱額の三五パーセントと固定しており、刑事罰である罰金の額が五〇〇万円以下で、しかも情状による量刑の幅があるということとを比較すると、場合によっては納税者に与える経済的苦痛は罰金のそれよりも多大なものとなることに思いをいたすときは、その課税要件について厳格な解釈がなされるべきものであることは当然である。

「仮装・隠ぺい」が具体的にどのような場合にあったとみるべきかについては、税法自体が明確に規定していないから、課税庁による恣意的な判断が生じ易い。

重加算税の課税要件とほぼ同様と解されている脱税犯の構成要件すなわち「偽りその他不正の行為」とは、それが積極的に行われた場合に限り、消極的な行為だけではこれに該当しない。何らかの偽計その他の不正な工作が行われることを必要とするとされており(最高裁判所昭和三八年二月一二日判決、税務訴訟資料一七号八一ページ、同裁判所昭和四二年一一月八日判決、刑集二一巻九号一一九七ページ)、この解釈は納税者の法律行為が仮装行為に該当するか否かの判断にあたってもそのままあてはまるものである。

行政解釈としては、国税庁長官通達(昭和二九年直所一-一「八三」)によって、次の取扱基準が示されている。

〈1〉 いわゆる二重帳簿を作成して所得を隠ぺいしていた場合

〈2〉 売上除外、架空仕入、若しくは架空経費の計上、その他故意に虚偽の帳簿を作成して所得を隠ぺいし、又は仮装していた場合

〈3〉 たな卸資産の一部を故意に除外して所得を隠ぺいしていた場合

〈4〉 他人名義による等により、所得を隠ぺいし、又は仮装していた場合

〈5〉 虚偽答弁、取引先との通謀、帳簿又は財産の秘匿、その他不正手段により、故意に所得を隠ぺいし、又は仮装した場合

〈6〉 その他明らかに故意に収入の相当部分を除外して、確定申告書を提出した場合

原審が本件において仮装行為を裏付ける事実として挙示するものは、仮に百歩譲ってその事実の一部があったとしても、右基準に該当するような積極的な不正工作といえないことは明らかである。

納税者は、たとえ節税をしていても課税庁に対して所得を知られたくないという意識を持つことは常識であるから、秘密にしたからすなわち仮装であるということにはならない。前述のとおり、納税者が何らかの積極的な不正手段を用いた場合に初めて仮装といえるのである。

重加算税の課税要件と逋脱罪の構成要件は差異がないのであるが、逋脱罪においては、いわゆる両罰規定が置かれている。そして、両罰規定は無過失の犯罪に関するものではなく、過失推定規定であることは最高裁判所判例の示すところである(昭和三二年一一月二七日大法廷判決、刑集一一巻一二号三一一三ページ)。罪刑法定主義の下構成要件該当性については厳格な解釈をするべきであり、拡張解釈は許されないとの原理は、租税法律主義の下課税要件該当性の解釈についての原理でもあるはずである。両罰規定に比すべき規定も仮装を擬制する規定もない税法体系下にあっては、無過失はもとより過失による仮装という概念も絶対に成立しえないものというべきである。

無申告または不適正な申告に対しては、無申告加算税や過少申告加算税による制裁的措置をとりうるにもかかわらず、それよりもさらに重い制裁的措置である重加算税を認識のない納税者にまで課することは、被上告人のいう「申告納税制度の基礎を維持」するという制度の趣旨を逸脱するものである。

原審は、一方において、相続人らは本件株式を一括譲渡ではなく、所得税が課せられない限度で分割譲渡するという方針のもとに、その方法による株式売却に関する事務を木村に委任した事実を認定している(この事実は)当事者間に争いのない事実でもある)にもかかわらず、他方、木村は本件株式の売却に関する一切の権限を有するとの右認定事実に反する事実を基礎として、木村の仮装行為は相続人らから委任を受けた権限の範囲内の行為としてとらえたために、重加算税の課税要件の解釈に実定法に根拠のない概念を用いてまで首尾一貫させようとしたものである。

なお、原審は、括弧書きではあるが「前記認定事実を総合すれば、控訴人らを含む相続人らは、少なくとも概括的には本件株式譲渡が仮装の分割譲渡であることを認識していたものと認められる」と説示する。原審のいう概括的仮装の認識というのは、要するに「本件株式二万株全部を所得税法施行令二八条一項の要件に該当しないよう数年間にわたって分割譲渡することにすれば、その譲渡所得に課税されることなく」との認識を指すことが明らかである(原審の確定した事実ではそれ以外の認識は考えられない)。となると、原審のいう「概括的仮装の認識」というのは、つまるところ講学上の概念である租税回避行為の認識ということにほかならない。原審の判断の基礎はまさに租税回避行為の否認の理論にほかならない。

《上告理由第四点》

原審は、納税者自身に仮装の認識がなくても、その代理人が仮装行為をすれば、これを納税者自身の仮装行為と同視することができるとして、本件上告人に重加算税を課した被上告人の処分を適法と判断したのであるが、この判断は国税通則法六八条二項の解釈を誤り、理由不備ないしは理由齟齬の違法がある。

《上告理由第五点》

原審は、相続人らには概括的仮装の認識があったとして、本件上告人に重加算税を課した被上告人の処分を適法と判断したのであるが、右判断は、実定法に根拠なくして単に租税回避行為を否認したに過ぎないのであって、憲法に定める租税法律主義に違反するものである。

以上

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